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2007年6月

我儘長女、我儘できず

私は、我儘である。




夫を顎でつかい


この世(家)で叶わないことはない。




「ティッシュ持ってきて」

と頼めば例え私の方が近くても

持ってきてくれる人が、我が家にはいる。


家事も育児も夫の方が多く分担し
妻である私は
もう一人の

子供でもある。


すべて私の思い通り…
そんな世界に四年いた私に

ピンチがやってきた。








父が転勤になり
母が付いていくという。


残るは
卒寿を迎えたばかりの祖母のみ。

誰がみるのだ?
兄弟おれども近場におらず、いるのは我儘長女のみ。




必然的に
我儘長女は同居した。

祖母との

同居・・・・・。

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現在まで1

同居はじめてから
しばらくはお互いのペースでうまくいってた。

娘と同時に祖母が風邪をひき、両方を別々の病院に連れていったりはしたけれど、そんなこと何でもなかった。



4月はじめに祖母の娘である・私の母が遠方に父と行ってしまったが、
盆には一度帰ってくるはずだった。


しかし帰ってこれない…と言われ、支えにしていたものが私の中からなくなってしまった………。
その辛い気持ちを私は庭の木を切るという行為で何とか晴らそうとしたが、

祖母は元々の持病に切り替えたのか…


躁鬱病の『躁期』に入ってしまった。

帰ってこないと聞いて、二日後のことだった。



一日中草むしりをし、

私たち夫婦のテリトリーである二階にあがり、
物をとりはじめたのだ。
(腰曲がりな為普段はあがれない。)

事もあろうか盗ったものを自分の物として
私に自慢げにみせてきた…


その後も娘のボディミルクを勝手に使用したあげく
顔中塗りたくってみたり、

使用後の洗ってない牛乳パックや食品トレーを
部屋にためこんだり、

雨が降る中草むしり、

一日中草むしりしてるからついに立てなくなってしまった!


何度どなったことか!!

怒鳴っても何にも解決しない…
そんなのわかっていても……

怒鳴らずにはいられなくて後で自己嫌悪に陥って。


おばあちゃんもどんどん発言と行動が矛盾してくる。

自分自身どうしたいのかわからなくて思いつくまま発言してるのか…

ある日夜中に起きると全裸のおばあちゃん……

どうも失禁したらしい。

私に手だしされたくないのか手伝おうとしても拒否される、
でも本人はどうにもできない。


こんな毎日が続き、母が急に帰ってくることになった。

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現在まで2


母が帰る一週間前祖母をそして私を心配したケアマネが精神科受診をすすめてきた。
このままの躁期が続けば祖母の体はもたないだろうから…
少し薬で体を休ませてあげましょう。

次の休みに私と祖母は精神科にいった。
薬はだされたが、今度は服薬が確実にできず旨く薬が効かなかった。

その為ショートステイにいれることになった。
祖母はやっと落ち着いた。

しかしショートステイ中、
失禁をしたりトイレの場所がわからなくなったり、
挙げ句床に放尿してしまった。

家に帰ってからも失禁は続き、
ポータブルトイレに排尿するように促すものの
何度いっても聞き入れてはくれない…

うどん茶わんに排尿しては庭に投げ捨てる行為も続いた。

しかしながら腰が悪いためか、
薬で落ち着いたのか外に出て草むしりするのは止まったため、
服薬は中止した。


あまりにも動けなくなってしまい、
ついには立ち上がりも困難でハイハイしだすようになった。

そして……
手に振戦がではじめた。

ディサービスの職員に依ると
昨年より体重が10キロ減っているし心配しているとも言われた。


母に状況を説明し
心筋梗塞を起こす可能性もあると言われたと伝えた。

その日の夜、母は帰ってくることを決定した。
そして……信じられないことに
祖母は顔がしっかりしだし、
食欲もでてきた。

母が帰ってきた二日後には立ち上がり歩きだした。

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脇腹の痛み

母が帰ってきてから
歩けるようになった祖母。

ホームヘルパーさんの訪問日、
元気になった自分をみてほしいのか、
いつも以上に動いてた。

お風呂上がりには横になり、
そして素早く起きようとしたとき……


脇腹をひねったらしいΣ( ̄□ ̄;

『痛い!』
と急に言い出してうずくまった。
あわてる母とヘルパーさん。

午後からは掛り付けの病院にいくことになってしまった……。

レントゲンをとるものの、
骨が折れてるわけでもなく
何の病状も見つからず湿布薬にて対応中。


しかし、今日も食事の途中に急に痛がりだしうずくまった……。
相当に痛いらしい。
一体なんなのだろう。

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行方不明な箸


最近箸が『片方だけ』ない……。


今日も夫が一生懸命、箸を探している。

この2、3日使ってなかった私のピンクの箸も片方だけ行方不明。
夫の箸もない。
そういえばスプーンもフォークも少ない………。


と、ここであることを思い出した。


土に刺さってる折れた箸。


これは6月の初めに
裏庭の祖母のゴミ溜めにあったもの
(きっと本人には宝なんだろうけど)

その折れた箸は夫には言ってないけど……

夫の初代お箸さん。


……まさか……いやいや、
疑ってはいけない……でも。

母にこっそり上記の話をすると
母は祖母に言った。


『おばあちゃん、ピンクのお箸しらない?』

当然祖母の答えは

『知らない』


どこを探しても片割れは見つからず
取り敢えず予備の箸で食事をとり、
母は入浴・私は娘の寝かしつけをするために寝室にいった。



30分後……

母と私は唖然とした。

さっきあんなに探して回ったピンクの箸の片割れが
食卓の下に落ちているではないか……。


箸は足があったのか???
生きてるのか???


………人を疑うのはよくない…

でも、これは何だ?

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辛い

仕事で朝七時に家をでた。

休憩時間に祖母の様子をディサービスまで見に行くと
『今日は来てないのよ』
といわれた。

話を聞くと祖母は予定どおりディサービスのバスに乗り
一度は来たが、
バスから降りる時になって
急に横腹を押さえ顔を真っ青にしていたがりだしたらしい。
看護師も駆け寄り状態をみたけれど、
どこが痛いのか明確ではないし
顔色も悪く長く痛がるので
そのまま家に引き返したそう。
それを聞いて母に電話するものの、繋がらない。
病院にいったのかな?と思い仕事にもどった。

仕事が終わり携帯をみると
『胸の軟骨が骨折していた』
とメールがはいっていた。

来月上旬のショートステイをケアマネと相談して急きょいれた。

帰ってきて母と話をしたが、
祖母は服薬の管理ができない。
だから毎日服薬の確認をしてあげてほしい…と言われた。

でも私にだって仕事がある。
まだ幼い子供もいる。
夕方帰ってから夕飯をつくり、風呂にいれて寝かし付けて……そうしていたら一日が終わってしまう。
娘とろくに遊ぶ時間もない、
自分の時間もない…
そんな状況なのに、これ以上祖母の為に時間を割けというのは、あんまりじゃないか?
第一毎日、毎回なんて絶対に無理。
そんな約束できない。
簡単にできる約束じゃない。

母はいう、『たった1、2分じゃない』って。

でもそれは自分がしないから言える事。
忙しい私にとっては


『たった』

ではない。
毎回できる保障なんてない。
その『1、2分』が『一時間、二時間』に匹敵する時さえある。
今だって寝かし付けながらこれを書いている。
娘が眠ったら大量の食器洗いと洗濯物がある。
明日も朝は早い。
夫が夜勤だから私の負担は大きい……。
祖母の洗濯物、ポータブルトイレの後始末、食事、私にはこれで精一杯。
子供一人増えるより大変なおばあちゃんの面倒をもっと見ろと?
母は今の私の精一杯では満足できないらしく、もっともっとと要求してくる。
私はそんなに強くない。
そこまでする義務すらない。


そんなに求めるなら自分でしなさいよ。

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母帰る

今朝、母は遠方の地へと行ってしまった…。
また私たち親子と祖母の暮らしが始まる。
祖母は母である娘がいなくなって淋しいだろう。
それを埋めることが今の私にできるだろうか?

もう少し優しく接してあげたい……

この思いも私が行動にうつしてあげられるだろうか?
幸い来週はショートステイに入っているので『今週末』優しく接して乗り越えたいという思いはある。
今は落ち着いていて、自分でトイレにも行っている。

ただ……
トイレから何か声が聞こえるので行ってみると

『水を一杯ください。』
とトイレに座って言う祖母。
コップにいれてもっていくとトイレ内で水を飲んだ………

う〜ん、なんでトイレで??
ま、別にいいけどさ。

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胸の痛み

急遽、午前中にヘルパーさんに入ってもらいました。

いちお骨折してるし
午後からは介護タクシーで病院受診もあるしその準備もかねて。

本当は休みの私がすればいいんだろうけど、
私の精神的負担や、
休みの日くらいゆっくりしたいのよ…
という思いを優先させてもらってます。


午後から病院に行った祖母だけど、
受診後薬局にはいったところで
また胸が痛みだしたそう。

そのまま看護師さん呼んでまた受診したそうだけど……
どうにかなるわけでもなくそのまま帰宅。

とにかく安静に、らしい。
そうは言われても、安静にできるわけもなく。
でも以前の躁状態を考えれば安静にしてるほうかも。

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